
Hey!諸君!お久しブリブリだ!
ルー様のコラムの時間だゼィ!
最近はコラムが少々疎かになってしまい申し訳無い・・・・人気者のルーだからとにかく・・・・色々多方面からの依頼も多く、TV・新聞・雑誌・・・・とにかく忙しく・・・・忙しく・・・・時間が無~ィ!・・・・人気者は辛いのダ!
まあ~前置きはこれ位にしてコラムへ。
今回は少々"アメリカ"を離れたコラムにしたいと思う。内容は勿論自動車ではあるが・・・・。
しかし今回もボツ!かも・・・・。
では本題へ・・・・気になる1台を紹介したいと思う。(ここ最近というより、ここ2、3年は気になっていた・・・・)
この顔の広いルー様の数多くの仲間の中にも生粋のアメリカンフリークで、アメ車を何年も何台も乗り継いでいた者が、何故か、いきなりというか、急に、突然、ヨーロッパ車に惹かれ、テスタ・ディアブロと2台も乗り継いでいったヤツがいる。
当時は「何だヤツは!・・・・裏切者りか?ボケ!か?」と思ったのだが、時が経つにつれ、何故か解る気がしてきた。
当時は・・・・全く・・・・サッパリ フランス エッフェル塔であった。
しかし、結果として彼も今ではアメ車を乗り継ぎ、浮気としてはその2台だけである。
そして、ルー様が今回紹介したい1台とは・・・・超有名なフェラーリやランボでは無く、彼らよりは少々マイナーで控え目な(メーカーやユーザーは怒るかな?)「アストン・マーティン」なのダ!
世間では「アストン・マーチン」とも言う方々も多くいるが、今回は「マーチン」ではなく「マーティン」で!
これはブランド名であり、社名は「アストンマーティン・ラゴンダ」である。
余談ではあるが「ラゴンダ」といえば5.3リッターV8の高級サルーンもあった。
全長5.3mでとにかくロングボディなのダ。
な~に!え~?
諸君これはクーペではない!4ドアなのダ!クーペで全長5.3mはまず無いだろう。
初代は1974年~75年で2代目が1976年~90年位まで生産されたと思う。1980年以降は何度かフェイスリフトはしたものの、デザイン自体は近未来的なものがあった。
装備も今とさほど変わらないセルフスプリングダンパーや、メーター等の照明に当時としては珍しいLEDが採用されていたと聞く。1980年として今が2010年だから・・・・少なくとも30年以上も前ダ!・・・・素晴らしい!・・・・最高だゼィ!!
何せ、かなり高額な高級車の為、このルー様もチラッと見たことはあっても・・・・外装・室内等しみじみと見た事は無い!
ま~!当時は生粋のアメリカン・ボーイであったルーだから、当然!当然!全く「アウト オブ 眼中!」で全く気にもしなかった。
ま~当然の事だと思うが・・・・今、思うと少々後ろ髪かナ・・・・。
生産台数も定かでは無いが、78年~90年位迄で500~600台程と聞くが、デザインは美しい最高の車であった。
希少車ではあるが、それ程少ない車では無いと思う。
何故!当時気にしなかったのだろう?
やはり時代と若さかな?・・・・今はジジイ?・・・・馬鹿者!ルー様の若さは不滅なのダ!
少々脱線したが・・・・本題へ!
ラゴンダはクローズドボディーのクーペとオープンボディーのコンバーチブルの2タイプをラインアップ。最近では4ドア「RAPIDE」もデビューしている。デザイナーはマレック・ライヒマン。
流麗かつ迫力のあるボディースタイルは確かに現在のデザインではあるが、何か英国の伝統美を感じさせる。
やはり世間で俗に言う「アストン」なのダ!
こうしてコラムに記するとオ~!!と思うが・・・・やはりマイナーな所は少々あると思う。
とにかくアストンは車種・グレードには関係なく、デザインが美しく引かれている美!美!なのダ!
美!
諸君はアストンの会社に関してはどれ位知っているかな・・・・スポーツカーだって?自動車メーカーだって??当り前だろ!ボケ!ボケ!
また、また、このルー様が一般ピープルと一味も二味も違う所を紹介しょう。
では簡単に一言で言うと、世界中で一番多くオーナーが代わった(代わる=再建=潰れた)自動車会社。
これは、あくまでもルーの知る限りの事である為、誤解しない様に理解して頂きたい。
ルー個人の見解としてである。
アストン・マーティンは2人のイギリス人が自動車会社を始めた事から始まる。時は1913年頃と聞く。この2人がかなりの金持ちだったらしく、とにかく最初は羽振りの良い会社であった。
時は世界大戦時期であり、幾多の困難(倒産の危機)に遭遇するが、英国の貴族・富豪たちの援助によって建て直して行く。その最後のオーナーはかの有名なデビット・ブラウン(英国の実業家であり大富豪・1940年頃~1972年)である。
その後、1987年フォード傘下となり、今日に至るが、現在ではクウェート等の投資会社等で構成された投資家達によって経営されている。
途中かなり省略したのだが、大体のプロセスは理解出来たと思う。
GMにもクライスラー・フォードにも時代が造る流れや時がある。
時代や時や流れに順応したり流されたり、その中でもがきながら・・・・今の時代にたどり着く。
世界中の自動車会社のどこを取っても、全てと言っていい程、それ相当の時や流れを持ち、それが今日にドラマとして存在する。
ルーもまだまだ若いので、ドラマとしてのワビ・サビは余り理解できない事が多いが・・・・どうだ!ベイビィ!少しは解ってもらったと思う。(伝説・神話はGMも負けない程あるゼィ!もしかすると世界一かも!)
現在のアストンはグレードも多くなってきているが、搭載エンジンはやはりV8・V12である。
それと最後にアストンのDBグレードの中にもDB7・DB9・DBSなどがあるが、これはかつてのオーナー「ディビッド・ブラウン」のDBであり、始まりである。
1948年からDB1、1950年DB2、1951年DB3・DB3S・DBR・DBR4・DBR5、1962年DBR6(プロト)へと進化して、現在のDB9へと繋がって行く。
最後にワンポイント豆知識みたいになってしまっが・・・・勉強にはなったと思うゾ!
久々に長くなってしまった。アメ車以外でこんなにコラムしたのは久しブリブリだゼィ!
読んでいる諸君も少々疲れたと思うが・・・・ルーも少々お疲れなのダ!
今回の"アストン"はココ迄。続きは次回にと!言いたいが、アメリカでは無い為、ルー様の時間が空いた時に記述したいと思う。次回のコラムに乞うご期待!
では、今回はココ迄。バイビィ~!!






